2018.11.16

RENAULT PRESSE #81 Culumn:時代の紆余曲折を経てヨーロッパNo.1メーカーに


  • Renault Presse #081, NOVEMBER 2018
    Words=Shota Kato


  • 時代の紆余曲折を経てヨーロッパNo.1メーカーに

  •  1898年のクリスマス・イヴ。ルイ・ルノーは三輪車をベースに改造したクルマで、それまでどんな自動車も登れなかったモンマルトルの坂道を難なく走破した。ここからルノーの歴史は始まった。

     1899年10月、ルイ・ルノーは2人の兄とともに「ルノー・フレール社」を設立した。商人だった兄たちの資金とルイの機械造りの才能を合わせた会社は瞬く間に成長。彼らは数々の自動車レースに参加しては勝利を収め、顧客を獲得していくなかで、パリ市のタクシーの大量生産を受注することになる。これを機に、ルノーは手作り生産から大量生産に移行。大きな歴史の転換点である。

     第一次世界大戦では、このタクシー1,200台がドイツ戦におけるフランス兵の輸送車として大活躍。これがパリ東方のマルヌ川付近にフランス兵を運んだ「マルヌのタクシー」である。その後、ルノーはフランス軍の主要サプライヤーとして生産を拡大。その規模はあらゆる車種のほか、戦車、航空機エンジン、航空機までも製造するほどに。ところが、第二次世界大戦でフランスがドイツに降伏すると、ルノーはドイツ軍の圧制下に置かれることになる。やがて1944年のフランス解放後には会社の資産を国に没収され、その1ヶ月後にルイ・ルノーは生涯を終えた。

     1945年、フランスに国有化されたルノー社は「ルノー公団」として新たなスタートを切る。最初の主力商品は終戦後の1947年発売の「4CV」。この大衆向け小型車は戦後社会において大成功し、ルノーの再建に大きく貢献した。4CVは日本でも知られ、50年代にはタクシーとして親しまれたモデルである。

     その後もルノーは歴史に刻まれる数々のベスト・セラー・カーを生み出す。特に、1961年に発売された「ルノー4」はフランス乗用車史上、最多生産台数を記録した歴史的モデルだ。丈夫で経済的、カジュアルに乗れるモデルは「クルマのジーンズ」と呼ばれるほどに人気を博した。1972年発売の「ルノー5」は、機能性とデザイン性を兼ね備えたクルマとして多くの人々から愛される存在に。こうしてルノーは、ヨーロッパ・トップ・メーカーとしての地位を確固たるものに築いていくのであった。

※掲載情報は2018年11月時点のものです。

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