2019.03.08
RENAULT PRESSE #86 Column:私のフランス歳時記 VOL.1 PRINTEMPS イースター Pâques
私のフランス歳時記 VOL.1 PRINTEMPS
イースター Pâques
パティスリーやショコラティエのウィンドウに卵をかたどった菓子を見かけるようになると、北海道の緯度より北に位置するパリはまだまだ寒さが残るとはいえ、もうすぐ春だなぁと思わずにはいられません。
キリスト教における復活祭(イースター)のことをフランス語では「Pâques」(パック)と言います。イースターは春分の後の満月から数えて最初の日曜日と決まっていて、日にちは毎年変わり、今年は4月21日がパックにあたります。キリストの復活・再生のイメージから、卵の形のチョコレートでお祝いするのです。有名パティスリーから街の小さな菓子店、スーパーの棚にも必ずパックの菓子は並びますから、フランス人にとってとてもなじみ深い行事なんですね。
卵のチョコは大小さまざま、カラフルにコーティングしたものや彫刻が施されたもの、包み紙が美しいものなど工夫に満ちています。他にニワトリや教会の鐘、ウサギ(多産の象徴)のモチーフも多いです。藁で鳥の巣を模したり、ウサギが駆け巡る野山を苔で演出したり、凝りに凝ったウィンドウディスプレイを見て回るのも楽しいもの。幼稚園などでは、子供たちが庭に隠された卵のチョコを探す遊びも催され、ママンたちは準備が大変ですね。
卵と同じくらいよく見かけるのが、ヒツジの形の焼き菓子です。ヒツジがうずくまった形の型で焼かれ、仕上げに真っ白な粉糖をふりかけられ、首にリボンが結ばれたりする姿は、思わずウィンドウに額をつけてしまうような愛らしさ。でもなぜヒツジ? こちらは旧約聖書の過越の祭りに関係があります。ヘブライ人の解放と出国を妨げるエジプトに神が罰を与える目的で、エジプト中の家に生まれる初子を殺せと命じた時、生贄のヒツジの血を戸口に塗ったヘブライ人の家には災厄が訪れない=過ぎ越されるという逸話があり、それを祝うユダヤの過越祭が3月末から4月、復活祭とちょうど同じ時期にあるので、混同してしまったようです。節分もバレンタインも楽しむ私たち日本人のメンタリティにちょっとだけ似て(?)、フランス人だって信仰を問わずヒツジの焼き菓子がやっぱり可愛いのでしょう。
どんよりと暗く、凍てつく冬が終わるのを待ちきれなくて、子どもも大人もパックの頃は心なしか浮き立っています。パック週間が4月1日のエイプリルフールに重なったある年のこと。家の近くの公園の池でいつも優雅に泳いでいた黒鳥が、その日は陸に上がって座っていました。大きく羽をひと伸ばしして黒鳥が立ち上がったら、なんと巣の中に卵がひとつ! いたずら好きのフランス人が偽卵を置いたのにちがいない、なかなか洒落がきいているなと感心してしまいましたが、それは私の早とちり。後日すっかり暖かくなった頃、ふわふわの黒い綿毛のヒナ鳥がよちよち歩いているのを見かけたのでした。卵を見てすかさずパック!と連想するほどに、私の頭もフランスナイズされていたのでしょうか。
松原 麻理 Mari Matsubara
9年間のパリ生活を経て、現在は東京で雑誌を中心に編集・執筆活動中。パリ在住中に取材・執筆した連載をまとめた『&Paris パリの街を、暮らすように旅する。』(マガジンハウス刊)発売中。 Instagram @marianne_33
※掲載情報は2019年3月時点のものです。