2019.08.30
RENAULT PRESSE #90 Column:変わるパリ、変わらぬパリ VOL.1 古くて新しい、パリのホテル事情 Les nouveaux hôtels à Paris
変わるパリ、変わらぬパリ VOL.1
古くて新しい、パリのホテル事情 Les nouveaux hôtels à Paris
パリという町はいい意味でわりと保守的で、最先端の流行に誰も彼もが一斉に飛びつく、ということがありません。むしろパリの中心地には多くの歴史的遺産がひしめいており、長い年月によって培われた伝統的なものをできるだけ壊さず維持しながら、新しい事物をうまく取り込み、歴史を塗り替えているように思います。ホテル建設に関しても同じこと。日本だと、新しいホテルのオープンといえば、そのほとんどが新築のビルディングなのではないでしょうか? ところがパリでは新しくゼロから建物を建てることは稀で、既存の建物はそのままに、保護すべきディテールを残しながら内部を改築するというケースが多いのです。パリ中心部の景観を保つために、建築に関して多くの規制があるのも一つの理由です。
昨年、パリ左岸の「オテル・ルテシア」が4年間の工事休業を経てリニューアルオープンしたことは大きな話題になりました。4年間も完全休業するとは、日本では考えられないことですよね。「オテル・ルテシア」は1910年創業、パリジャンなら誰でも知っている老舗ホテル。世界で一番古い百貨店「ボン・マルシェ」の創業者であるブシコー家が、得意先や上顧客のための宿泊施設として、「ボン・マルシェ」から歩いて1分ほどの場所に建てたのが始まりです。客室から張り出したバルコニーを取り囲む、天使やブドウ蔓や小鳥のモチーフが浮き彫りになった壮麗な外壁は今も当時のまま。ここはパリ市の歴史的建造物に指定されているので外観や装飾を壊すことは禁じられており、今回の改装でレリーフの欠損を補うなど修復がなされました。他にも内装のフレスコ画、ステンドグラス、ボワズリーと呼ばれる木の縁取り彫刻などを修復しながらのホテル改装は、膨大な時間が必要でした。たとえばバーの壁のフレスコ画修復には17,000時間を要し、一人の修復士なら8〜10年はかかる仕事量だったそうです。全盛期のアール・ヌーヴォーとアール・デコの走りが入り混じった独特のエスプリを損なうことなく、名建築家ジャン=ミッシェル・ヴィルモットによって、現代的な明るさと快適さが加わりました。もともとガラス天井のサンルームだった場所はサロンとなり、現代美術家による色鮮やかなガラス絵の天井になり、随分とフレッシュな印象になりました。1920年代にはアンドレ・ジッドなど実存主義の作家たちが集い、サン=テグジュペリが妻のコンスエロと新婚の一夜を過ごし、戦後はジュリエット・グレコ、ジャン・コクトー、ボリス・ヴィアンらサンジェルマン・デプレを徘徊する文化人たちで賑わったこのホテル。ここ10年ほどは古めかしくて重厚さばかりが目立つ時代遅れな存在になりつつありましたが、時間と予算をかけて見事に生き返らせたフランス人たちの矜持はさすがだなと思います。
ところ変わってパリの一等地8区では昨年夏、かつてファッションデザイナーのエルザ・スキャパレリが40年間住んでいた邸宅が全面改装され、客室やパブリックスペースに現代アートや彫刻が飾られたゴージャスなホテル「オテル・ド・ベッリ」に生まれ変わりました。全75室のうち半数以上がスイート、一部屋ごとに全く異なるインテリアで、元個人邸らしいコージーな感じもあります。最新ニュースとしては、ルーヴル美術館とパレロワイヤルの間という絶好のロケーションにそびえる「オテル・デュ・ルーヴル」が2年間の工事閉鎖を経て6月頭に再開。ナポレオン3世が1855年パリ万博の折に建設させた老舗ホテルです。19世紀末にピサロがここへ3年間滞在し、窓からの眺めを11枚の絵に描いたという逸話が残っています。クラシックな趣をそのままに、客室は完全にリノベーションされ、明るく快適になりました。
松原 麻理 Mari Matsubara
9年間のパリ生活を経て、現在は東京で雑誌を中心に編集・執筆活動中。パリ在住中に取材・執筆した連載をまとめた『&Paris パリの街を、暮らすように旅する。』(マガジンハウス刊)発売中。 Instagram @marianne_33
INFORMATION
オテル・ルテシア
Hôtel Lutetia
45, Boulevard Raspail, 75006 Paris
オテル・ド・ベッリ
Hôtel de Berri
18-22, Rue de Berri, 75008 Paris
オテル・デュ・ルーヴル
Hôtel du Louvre
Place André Malraux, 75001 Paris
※掲載情報は2019年8月時点のものです。