2019.05.24

RENAULT PRESSE #88 Column:私のフランス歳時記 VOL.3 ÉTÉ アペロしない? On fait l’apéro?


  • Renault Presse #088, MAY 2019
    Words & Photos by Mari Matsubara
    Illustration by Toshiyuki Hirano
  • 私のフランス歳時記 VOL.3 ÉTÉ
    アペロしない? On fait l’apéro?

  • 夏至近くなると夜9時を過ぎてもまだ明るいパリ。
  • 遅い夕食の前に、軽く1杯アペリティフを飲む習慣があります。
  • 単なるお酒という以上に、プレシャスな時間を楽しみます。
  •  フランスの独特な習慣「アペロ」をご存じですか?アペロとはアペリティフのことで、話し言葉では誰もがこうして略して呼んでいます。もともと夕食を食べ始めるのが遅く、早くて20時、21時スタートも珍しくないというお国柄(もちろん子どもたちはもっと早く食べますが)。ディナーが始まる前に街角のカフェに寄り、軽く1杯楽しむのが、パリの人たちにとって何ものにも代えがたい至福のひとときなのです。夏至が近づいて日が長くなり、お天気のいい日が続くと、夕暮れにはほど遠いパリの街にうきうきとした気分が漂います。仕事を終えた人々は「アペロしない?」と誘い合い、カフェのテラス席はあっという間に満席。たいがいの店が「ハッピーアワー」と称して、17時から20時ぐらいまでお酒のメニューを割安で提供しています。キンと冷えたシャルドネ、夏の夕焼けのような色のロゼ。うんと暑い日は、シャンパンに氷を入れて飲む人もいます。この飲み方を「ア・ラ・ピシーヌ」直訳すれば「プール風」というのですが、シャンパンにアイスキューブがジャボンと飛び込んだ感じを捉えたうまい表現だなと思います。

     喉越しのいいビールもフランス人は結構好きです。「プレッション」と言えば生ビールが出てきます。その前に「ドゥミ」と付ければハーフサイズ、つまり250mlの小ぶりのグラスビール。最近では地ビールも流行っているようで、サンマルタン運河の上流にあたるウルク運河(19区)には、昔の穀物倉庫を改造したブリュワリーがあり、施設の中で醸造したビールを提供するバーも併設しています。運河に張り出したデッキで川風に吹かれながら、ビターやエールなどさまざまなビールを楽しめる。まさにウオーターフロントのビアガーデンです。


  • パリ19区、ウルク運河に面した「パナム・ブリューイング・カンパニー」ではパリの地ビールを飲むことができる。


  •  ほとんどの人がたった1杯注文するだけで、おつまみは注文せず、サービスで出てくるピーナッツやオリーブを齧りながらノンストップでおしゃべりし続けています。若い学生などはお金がないので、1杯のグラスを握りしめて2〜3時間も粘ります。アペロそのものより、アペロという名の時間を仲間と共有するのを楽しむのです。

     パリ中心部は景観保護の条例があって、高層ビルがそもそも少なく、59階建てのモンパルナスタワーが例外的存在で、あとはせいぜい7〜8階建てぐらいにおさまっています。だからでしょうか、高台から景色を見下ろす眺めのいい場所やルーフトップに憧れがあるようで、そうした場所のバーも増えています。特にホテルやデパートは最近、5月頃から9月頃まで夏季限定で屋上にオープンエアのバーレストランを設けるようになり、人気を呼んでいます。普段は足を踏み入れる機会のない高級ホテルにアペロをしに訪れるというのも、ゴージャスな雰囲気を控えめ予算で味わうことができるいい方法だと思います。


  • パリを見下ろすルーフトップバー
    殺風景なビルの1階エントランスに看板なし。エレベーターで屋上へ上がると、なんとオープンバーが現れる。
    大きなテントの下にバーカウンター、屋根のないテラスにベンチが置かれる。若者に大人気のアペロスポット「ル・ペルショワ」。


  •  もちろんお金をかけずに楽しんじゃうのがパリジャンのいいところ。スーパーで3ユーロのワイン(もちろんフルボトル)と、ちょっとしたスナックを買い込んで、セーヌ川沿いの歩行者天国や、サンマルタン運河の河岸に座って、ゆっくりと暮れなずむ黄金の時間を楽しむ。そんな姿から、忍耐を強いられる鉛色の冬が長いパリで、このかけがえのない夏のひとときを心からいとおしむ様子が伝わってきます。


  • カジュアルなカクテルが人気
    「ル・ペルショワ」では中央にあるカウンターで飲み物を注文するセルフサービス。カジュアルなカクテルが人気で生のミントがたっぷり入ったモヒートは評判がいい。ノンアルコール・カクテルもある。エッフェル塔も見えて眺めは最高。


  • 白ワインとチーズで至福の時を!
    パリにはいわゆる居酒屋がなく、バーもホテルにはあるけれど、巷には意外に少ない。だからアペロはやっぱりカフェで! 夏なら窓は開け放たれ、内外の境もなく、風通しのいい夕暮れ(と言いつつ昼のような明るさ)をまったり堪能。


  •  アペロのいいところは、さっと終われるところ。会いたい人に会うのも、夕食付きとなると時間もお金もかかるし、レストラン選びや予約が面倒なことも。それに比べてアペロなら、 “思い立ったが吉日”で気兼ねなく声をかけ、さっと集まりパッと飲んで解散。それにいわゆるバーではなく、普段昼間に使うカフェでできるのも素晴らしい。この習慣、もっと日本にも広まったらいいですね。


  • 松原 麻理 Mari Matsubara
    9年間のパリ生活を経て、現在は東京で雑誌を中心に編集・執筆活動中。パリ在住中に取材・執筆した連載をまとめた『&Paris パリの街を、暮らすように旅する。』(マガジンハウス刊)発売中。 Instagram @marianne_33

※掲載情報は2019年5月時点のものです。

Renault Japon OFFICIAL SNS