2023.10.27
二年後はきっと、「山のふもとで、カングーと暮らしている」
場所は決まっている。伊豆である。
湯河原、真鶴、逗子、館山、軽井沢、八ヶ岳……。ここ1、2年で同業のフリーライターや仕事仲間のカメラマンが移住した場所だ。彼らがSNSで、高原での楽しそうなBBQや、浜辺でのきれいな花火の写真をアップするたびに、「んがー!」とうらやましい気持ちになる。商売柄、みんな、写真の撮り方や見せ方がうまいのだ。そんな仲間たちの充実した暮らしぶりを垣間見ながら、そろそろ自分も準備に入ろうと思う。あと2年で子どもたちの学校が終わる、と想像すると「んがー!」が「ニヤリ」に変わる。
場所は決まっていて、伊豆の母方の実家だ。祖母が亡くなって以来、空き家になっていて年に数回、保守と点検を兼ねて別荘がわりに使っている。海岸まで徒歩10分、裏がすぐ山になっている立地で、東京で猛暑日が続いたこの夏、2階の窓を開ければ夜間はエアコンはおろか扇風機も必要なかった。ああ、1日も早くこっちに来たい、とつぶやきながら眠りについた。
1日も早く、といいつつも、実際に来たらやることはてんこ盛りだ。まず、旅館でもやっていたのかと思うほどたくさんの布団や、店でも始めるつもりだったのかと勘ぐりたくなるほどの大量の食器類をなんとかしなくてはいけない。着道楽だった祖母の着物は形見分けされたけれど、デカいタンスが3つも残った。小高い場所にある町のクリーンセンターまで、はたして何十往復することになるのやら……。
おそらく当初は東京と行ったり来たりになるはずで、でも片付けの合間に釣りには行きたいし、自転車にも乗りたい。片付けが落ち着いたらSUPとかシーカヤックに入門したいし、土いじりも始めたい。
フランスで鍛えられたクルマ
全長×全幅×全高=4490×1860×1810mm。ホイールベース=2715mm。基本骨格はルノー、日産、三菱で開発したもの。エンジンは最高出力131psのガソリンと同116psのディーゼルの2種類が用意される。¥3,840,000~(税込)
暮らしぶりが具体的に見えてくると、クルマを主戦場とするジャーナリストとしては、何に乗るのかを考えてしまう。ただし自分でも驚いたことに、考えようとした瞬間に答えは一発で出た。迷いはない。ルノー・カングー一択だ。
ガバっと開くダブルバックドアは、処分する布団を積み込むのにめっちゃ便利。ミニバン的なスタイルでありながら、家庭の匂いがしないというか、ぬか味噌臭くないのは、道具っぽいデザインのおかげだろう。余裕あるサイズの割には小回りが利くから、家のまわりの狭い道でも扱いやすい。海辺のワインディングロード経由で、クリーンセンターに至るガタガタの山道を走っても、ふんわりとした乗り心地だからきっと快適に往復できる。
高速道路ではどっしりとした安定感があるから、頻繁に東京と往復するようなことになっても問題はない。山道でも高速道路でもなんなくこなすあたりは、ルノーがフランス人の使い方に合ったクルマづくりをしているからだろう。
フランスは広くて、地中海沿いのワインディングロードからアルプスの山道、さらにはパリの石畳まで、さまざまなシチュエーションがある。しかも時刻表に縛られずに好き勝手に行動したいわがままな彼らのファーストチョイスはクルマで、都市間の高速移動も頻繁にこなす。
こうしたニーズに応えてどんな道でも楽ちんに移動できるクルマを作るからこそ、ルノーはフランスでベストセラーの地位を築いた。おまけに最近はADAS(先進運転支援システム)が進化して、さらに楽ちん&安全になっている。
たとえば高速道路ではアクセルやブレーキを操作しなくても前のクルマに付いて行くから疲れないし、先の見えないカーブの先にクルマが止まっていても自動で強力なブレーキをかけてくれる。ほかにも斜め後方の死角にいるクルマの存在を教えてくれたり、これがあるとないとでは大違い。なんというか、賢い相棒とドライブしている気になる。
奥行き、幅、高さとも1m以上が確保されている荷室は広大。どう使うか、夢が広がる。
これから、どんな生活がしたいか‥。
デザインが好みだとか、乗り心地がいいこととは別にカングーを選ぶ理由もある。それは、このクルマがヨーロッパのLCV(ライト・コマーシャル・ヴィークル)として使われることを想定して開発されていることだ。商用車では何が大事って、耐久性が重要で、カングーは乗用車の何倍もの強度の耐久試験をクリアしている。
ちょっと時間ができたら手のかかる古いクルマがいいかも、と思わないこともない。けれども年齢を考えると、クルマのオイル漏れよりも自分の血管年齢に気を使いたいし、クルマのオーバーヒートは即、自分の熱中症につながる。これから健康に関する不安が増す年代なので、働くクルマの丈夫さは他の何者にも代えがたい。何時間乗っても腰が痛くならないシートや、ガッチリとした建付けのボディなど、働くクルマを極めると、出来のいい遊びグルマになるのだと実感する。
観音開きのテールゲートは左右ともに180度まで開く。広いだけでなく使い勝手もいい。
子どもの頃にRCサクセションの『山のふもとで犬と暮らしている』という曲を聞いて、脳天に稲妻が落ちたかのような衝撃を受けた。じいさんになったらそういう生活がしたい、と本気で思った。ちなみにこの曲は、矢野顕子が『湖のふもとでまだ猫と暮している』というアンサーソングを作ったほどの名曲なので、ぜひ一度聞いてみていただきたい。で、カングーにはペットのようなキャラクターがあるので、山のふもとで一緒に暮らすにはぴったりではないかと思う。
冒頭で、ルノー・カングー一択だったと書いたけれど、いまだに迷っていることがある。それはエンジンをディーゼルにするか、ガソリンにするか、という悩み。力強いディーゼルと、軽快なガソリンはそれぞれ魅力的で、いろんな女性に惹かれてしまう寅さんのように、優柔不断になってしまう。もうひとつ、ボディカラーも迷いに迷う。朝起きたときにイエローに決定したのに、夜になると白もいいかも……と日和っている自分がいる。猶予期間はあと2年、エンジンとボディカラーについては楽しく悩みたい。
ADASと呼ばれる先進運転支援システムと快適なシートで、長距離ドライブも楽々こなす。
サトータケシ
1966年東京生まれ。カー・ジャーナリスト。自動車雑誌「NAVI」
副編集長を経て、2007年に独立。独自のユニークな視点を土台に、歯に衣着せぬ語り口で、多数のクルマ関連雑誌、ウェブなどへ寄稿を続ける。